読書会・398「斜 陽」-太宰 治-

 2009/05/19(火)

2009年 太宰 治生誕100年 を迎えました。
太宰治作品のブームが起きています。
読書会では代表作『斜陽』をとりあげました。

 「斜 陽」 太宰 治 新潮文庫

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最後の貴婦人である母、破滅への衝動を持ちながらも“恋と革命のため”生きようとするかず子、麻薬中毒で破滅していく直治、戦後に生きる己れ自身を戯画化した流行作家上原。
没落貴族の家庭を舞台に、真の革命のためにはもっと美しい滅亡が必要なのだという悲壮な心情を、四人四様の滅びの姿のうちに描く。
昭和22年に発表され、“斜陽族”という言葉を生んだ太宰文学の代表作。

(裏表紙より)





 太宰 治 (1909-1948)


青森県金木村生まれ。本名は津島修治。
東大仏文科中退。
在学中、非合法運動に関係するが、脱落。
酒場の女性と鎌倉の小動崎で心中をはかり、ひとり助かる。
1935(昭和10)年、『逆行』が第1回芥川賞の次席となり、翌年、第一創作集『晩年』を刊行。
この頃、パビナール中毒に悩む。
1939年、井伏鱒二の世話で石原美知子と結婚、平静をえて『富嶽百景』など多くの佳作を書く。
戦後、『斜陽』などで流行作家となるが、『人間失格』を残し山崎富栄と玉川上水で入水自殺。

(表紙の裏より)



●大坪読書会では次の太宰作品をとりあげています。  

 ・1978/04/21 第68回  『ヴィヨンの妻』
 ・1983/07/13 第122回 『斜 陽』 『走れメロス』
 ・1997/10/21 第272回 『お伽草子』

 話し合い

 ・晩年の作品(1947年)
 ・戦後という時代背景が書かれている。
 ・太宰治は女性の気持ちがよく分かる。
 ・旧道徳を押しのける新しいモラルを作りたいという思いがあふれている。
 ・直治の遺書が感動的である。

 ・直治の思っていた人は
   「洋画家?の妻」⇒「上原(小説家)?の妻


  直治が遺書の中でこのように書いている
 (遠まわしに、ぼんやり、フィクションみたいにして教えておきます。)

  かず子が上原にあてた手紙の中に次のような内容が書かれていた。
  「私の生まれた子を、たったいちどでよろしゅうございますから、
  あなたの奥様に抱かせていただきたいのです・・・」
  「これは、直治が、或る女のひとに内緒で生ませた子ですの」
  


  最初どういう意味があるのか分からなかったが、読書会に参加し
  はっきりしました。
  みんなで話し合うことは大変有意義なことです。 
 

 ・読書会に出て初めて分かったことがありよかった。
 ・・・・・・・・・・・・

 次回   6月16日(火)

 「惜 別」 太宰 治

 ・7月の読書会は第2火曜日になります。
    7月14日(火)
    「黒い雨」 井伏鱒二